2009年 02月 02日
【特集】回転マグネトーを修理します!その③~KOBASオリジナル 『コイル巻き線機』を利用~
【 KOBAS「コイル巻線機」特集 ~回転マグネトー修理編~】
~年代物石油発動機・回転マグネトー用コイルを巻く~
その③ 含侵~完成まで
今回、当工房では、2008年12月に完成したKOBASオリジナル「コイル巻線機」を利用して、当工房ミニチュア石油発動機KOBAS用コイルのほか、年代物・実機の石油発動機の『箱型マグネトー』、『回転マグネトー』の修理を行いました。
前回ブログ、『回転マグネトーを修理します!その①・その②』からの続きをご紹介します。
~含侵~
(写真下:「回転マグネトー」用コイル巻きが完了後、含浸作業へ入る。外気温が低いために、気泡が発生し始めたのは、含侵開始後約15分位。耐熱ガラス製真空容器の内部圧力は、0.7hPa(ヘクトパスカル)。含侵作業完了まで、全部で約90分かかる。)
(写真下:含侵作業開始後約15分経過した、耐熱ガラス製真空容器の内部の模様。その後、約一時間ほどで、気泡は出なくなる。)
~抵抗値測定~
(写真下:含浸作業完了。抵抗値を測定する。二次コイル側の抵抗値は10kオームで合格。
昔の「回転マグネトーをいくつか計測してみると5~7kオーム位で、低めの抵抗値であることから、今は線径によって巻数を変え、正常な抵抗値を得られれば、昔のコイルほど巻かなくても良い。)
~乾燥~
(写真下:含浸が完了し抵抗値を満たしたコイルを、乾燥機で約5時間乾燥させる。)
~本体取り付け~
(写真下:充分乾燥すれば、「回転マグネトー」用コイルが完成。今回修理のため分解した、古い「国産電機(株)製回転マグネトーK型」本体に取り付ける。)
~火花試験&完成~
(写真下:古い「国産電機(株)製回転マグネトーK型」内にコイルを取り付け、組み上げる。部屋の明かり消し、火花試験を行う。 青く、大きな火花が出て、火花試験も合格。)
これで、古い「国産電機(株)製回転マグネトーK型」は、見事に蘇りました!
石油発動機に取り付ければ、りっぱな現役点火装置として、作動します。
以上で、「回転マグネトー」用コイル巻き換え方法について、連載は終了です。
これまでの内容につきまして、ご質問は、お気軽に下記までどうぞ!
◎お問い合わせ◎
担当:森下泰伸まで メールまたは、携帯090-4975-2362へ。
また、次回からは、年代モノ・実機石油発動機の「箱型マグネトー」用コイル巻き換え方法について、順次連載して参ります。
引き続きまして、お楽しみに~!!
★“発動機博士”こと森下泰伸氏★による豆・歴史講座
点火装置の歴史を簡単に探ってみよう。
内燃機関の点火装置は、1853(嘉永6)年、フランスのフィゾーによって、一次線に断続機とコンデンサーを付け、二次電圧に成功する。この年、日本ではペルーが来航。
やがて、ニュートンにより、焼玉機関の原理が考案されると、その後、幾人かの研究者の努力により、ピストンやリング等が改良されて、現在に繋がるエンジンの原型が出来る。
1860(万延元)年 エチェンヌ・ルノワールが蒸気機関を改良し、内燃機関(瓦斯機関)の開発に成功。この機関には、電気火花「点火装置」が付けられた。
1861(万延2)年、フランスのルボンが、「低圧電気着火装置」を考案。しかし、当時はまだ、装置の火花はあまり良くなかった。
1889(明治22)年、 イギリスのシスムと、ドイツのボッシュが、「低圧磁石発電装置」を完成させ、内燃機関に提供をはじめる。
この時期、イギリスより、我が国に瓦斯発動機が輸入されて、好成績を収める。
当時は、焼玉機関であるが、まだ試作段階だったと思われる。(焼玉機関は、イギリスのアクロイド・スチュアートが完成させたもの。)
ドイツのロバート・ボッシュは、自国で、計器の職工として働き、1884(明治17)年、若くしてアメリカに渡り、ニューヨークの電気工場で働く。発動機製造会社の依頼を受けて行った、「低圧マグネトー」開発を成功させ、さらにアメリカ人技師と共に、1893(明治26)年、「高圧磁石発電機」を完成。多くの発動機に使用されることとなる。
同年、ドイツのルドルフ・ディゼルが、ディゼルエンジンを完成させる。
昭和初期には、世界中で50種類以上のマグネトー製品が存在した。
わが国も、大正時代から、日本製マグネトーの研究がなされ、昭和初期に完成する。
日本製マグネトーの開発に際し、当時商工省より多くの研究奨励金が交付されたことで、研究が盛んになった。
やがて日本製マグネトーは日本製発動機に多く使用されるようになる。
その後、国内メーカは、模索しながらマグネトーの製造販売を続け、現在への礎と成したのである。